Category  |  神の誠実さ

さようなら

マックス・ルケードはハーフ・アイアンマン・トライアスロンに参加したとき、不平がマイナスのパワーになることを経験したそうです。彼は次のように語りました。「2キロ泳いで、90キロを自転車で走った後、21.1キロのハーフマラソンを走るエネルギーは残っていないように感じました。その辛さは、隣の走者も同じだったようで、『もうイヤだ。こんなレース出なければよかった』と言いながら走っていました。私は、「さようなら」と挨拶して、彼のそばを離れました。」この人の話をいつまでも聞いていたら、自分も同じように感じてしまうと思ったので、彼のそばを離れたというのです

使い捨て

私たちは、これまで以上に「使い捨て」の文化の中で暮らしています。カミソリ、ペットボトル、プラスチックのスプーンやフォーク、紙皿等々、少し考えるだけで思い当たるものがいくつもあります。私たちは、これらを使っては捨て、新しいものと取り替えます。

つづける希望

太陽エネルギーを燃料とする飛行機のソーラーインパルス号は、燃料無しで昼も夜も飛ぶことができます。発明者のベルトラン・ピカールとアンドレ・ボルシュベルクは、2015年には世界一周をしたいと願っています。この飛行機は日中、太陽エネルギーで飛びます。同時に、夜間飛ぶためのエネルギーも蓄えます。ピカールは言います。「朝日は、この旅をつづけていける、という新しい希望をもたらしてくれます。」

記憶喪失

困難な状況に直面すると、霊性が記憶を失ったかのように、神の恵みが思い出せなくなることがあります。こんなとき、感謝に満ちた心を取り戻す良い方法があります。まず、邪魔の入らない自分だけの時間を作りましょう。そして、神が必要を満たしてくださったときのことを思い出して感謝をささげるのです。

奮闘する人への言葉

噛みこなせないほどほおばってはいけない、という古い英語の格言があります。自分の実力以上の仕事を引き受けてはならないという意味です。それは賢明ではないからです。とはいえ、引き受けた仕事の大きさや難しさに圧倒されてしまうこともあります。

指標とつなぎ柱

過去は未来に向かって進むための指標として用いるべきで、それを「つなぎ柱」にしてはならない、と言う人がいます。私たちは「古き良き時代」の思い出に浸るばかりに、その体験を未来への糧にできないことがよくあります。昔はよかったという懐古の情には、人を引き留める力があって、私たちはみな、その影響を受けやすいものです。

決して裏切らない

子どもの頃、私は近所の公園のシーソーで遊ぶのが好きでした。シーソーの板の両端にそれぞれ子どもがひとりずつ腰掛けて、上下に跳ねる遊びです。ときどき、下に降りている方の子がじっと動かないので、もうひとりが宙ぶらりんになり、降ろしてよ、とわめくことがあります。一番ひどいのは、相手が上がっているときにシーソーを降りて逃げるいたずらで、それをされたなら、ガタンと地べたに落とされて痛い思いをするのです。

雲間に見える全体像

無声映画「つばさ」は、第一次世界大戦時にアメリカ軍の戦闘機パイロットになったふたりの青年を描いた1927年製作の映画で、第一回アカデミー賞を受賞しました。この映画の製作中、撮影が数日間止まりました。製作会社の人たちは苛立って監督に理由を尋ねました。すると監督は、「青空だからです。空中戦を見せるには雲が必要です。雲が無ければ奥行が出ません」と答えました。その通りです。空中戦の背後に雲が無ければ、映画を見る人にはスケールの大きさが分かりません。

ばあ!

赤ん坊の親はよく、「いないいない、ばあ!」をして我が子と遊びます。パパは両手で顔をおおうと、「ばあ!」と言う声とともに突然顔を出して、子どもを驚かせます。すると子どもは、この「恐ろしさ」を面白がってケラケラと笑います。